失敗は成功の元――失敗の人生からのささやき
プラン詳細
| タイトル・演題 |
失敗は成功の元――失敗の人生からのささやき |
|---|---|
| スタイル区分 | 講演・研修 |
| 想定する受講者区分 | 保護者
学生・生徒・児童 |
| 受講者の説明 | 私の姿勢で、私の経験、想いを、保護者、子供たちに直接伝えたい。 |
| 受講者へ提供する価値 ・伝えたい事 |
子供は常に「親の背中」を見ている。先ずは保護者への意識付けが大事である。 心身の発育過程にある子供にとって、身近な者の与える影響力は、絶大なものがある。ところが、最も頼りとなる「親の背中」の保護者に異変が起こっている。 1.背景 ―― 親の背中を見て育った結果 ・現在の90歳台 ―― 戦前(戦争経験)育ちで、子供には苦労をさせたくない。 ・現在の60歳台 ―― 親の教え、親を見て、育った。 子供、孫には、よい生活をさせたい。 苦労と躾を避けて、子供、孫を育てた。 ・現在の30歳台 ―― 親の過保護の元に育った。(経験不足で、わがまま世代の誕生) 育児教育は、学んでいるが、子供時代の経験不足 ・現在の子供 ――― 心身共にひ弱い。 社会的なルールを学んでいない。 2.現代の社会的傾向 ・個人主義 ・保護主義 ―― 安全・安心の大義 ―― 羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹いている。 3.これからは、 ・経験を補うものとして、体験、読書、人の話を聞くこと ・不幸なことは、次代に引き継がない。断ち切る。 ・子供には、(1)背伸びをしない。(2)説教をしない。(3)事実を通じて伝える。 (格言) ・人が生後3年間に覚えることは、成長後大学で覚える量よりも大である。(J・バウル) ・どんな教育でも逆境に及ぶものはない。(ディズレリ) ・経験は最良の教師である。(カーライル) |
| 講演内容・概要 | 上記の「受講者へ提供する価値・伝えたい事」を織り交ぜながら、私自身が経験した事を話し、保護者と子供たちとのかかわり方において、ヒントになる事を願う。 1.私生活においては、2子(現在は、長女は32歳で、既婚のキャリア・ウーマン。次女は27歳で、独身有職の名古屋住まい)を持ち、それぞれ 中高一貫の6年制の進学校を経て、大学卒業者である。 その間、長女はイジメにあい、彼女自身も心のすさんだ不満足な 中・高生活を過ごしたが、現在は2子共に、社会性に富み、親想いの女性として成長している。 その子育ての過程における親としての悩み、子供とのかかわり方を反省を交えて伝える。 子供から見ての、イジメられた経験、時間的経過を経て立ち直った経緯も話す。 2.久居市長時代に得た「子育て、教育」のあり方を、行政の視点で見るが、しかし、この「行政の視点」が時には問題である事を話す。 3.その後、久居市長から転身して、参議院議員選挙に出馬して落選した経験を、当時の判断力、その後の生活環境を交えて、子供に及ぼす影響を話す事により、私自身が反面教師として感じた事を話す。 人生最大の試練であったが、そこから得たもの、立ち直ったきっかけを話す。 4.「親の背中」で、生き様が伝わる。子供にとって最も多感な時期の将来進路を決定すべき時期に、私自身が人生最大のピンチを迎えた。 市長職から、参議院議員選挙落選により、目標感のない日々の生活、経済的にも困窮したなかで、親としては、長女の就職、次女の大学生活において、何の精神的、経済的支援をする事なく、子供たちは、その環境にあって自立して行った。結果的には「案ずるより生むが易し」との想いとなった。 |
| 主催者に準備を お願いする物 |
プロジェクター、パソコン |
| 講師が準備するもの | パワー・ポイントによる配付資料 |
| 講演費用(目安) | 70,000 円 |
プロフィール
1946年(昭和21年)6月20日生まれ。
日本大学法学部卒業後、三重県職員として28年間勤務(最終役職)総務部人事課調整監。
49歳で久居市長に就任。全国初の売電目的の大型風力発電施設を青山高原に設置し、「風車市長」として東奔西走。この功績が認められ、新エネルギー大賞、地方自治奨励賞を受賞。さらには、トワイライト市役所、シルバーパワーカレッジの設置など時代に先駆けた政策を打ち出す。
その後、社会福祉法人、環境関連企業において幅広い知識、経験を体得。久居市議会議員を経て、現在は津市議会議員、NPO法人市民風車夢の風理事長、中部大学特別講師、三江学院大学国際教育学部客員教授(中国・南京市)
出身校
1959年(昭和34年)3月 久居町立成美小学校卒業
1962年(昭和37年)3月 久居町立久居中学校卒業
1965年(昭和40年)3月 三重県立松阪高等学校卒業
1969年(昭和44年)3月 日本大学法学部卒業
これまでの実績
久居市長時代に全国初の売電目的の大型風力発電施設を青山高原に設置し、「風車市長」として東奔西走。この功績が認められ、新エネルギー大賞、地方自治奨励賞を受賞。さらには、トワイライト市役所、シルバーパワーカレッジの設置など時代に先駆けた政策を打ち出す。
その後、社会福祉法人、環境関連企業において幅広い知識、経験を体得。これらの経験をもとに講演活動等においては「公から見た民」、「民から見た公」を説く。現在ライフワークとして「地球温暖化問題」、「自然エネルギーの推進」、「風力発電の世界」等、地球環境問題を中心に講演活動を行っている。
久居市長時代に手掛けた青山高原における風力発電事業が、現在32基稼働し、2015年度(平成27年度)には91基。青山高原が日本最大のウインド・ファームとなる椅礎を築いた。









